福祉改革ステップ2:その問題性について

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福祉改革ステップ2:その問題性について

 アメリカ主導のグローバリズム・市場競争原理の影響を受けて、日本はさまざまな分野で基礎構造改革を進めてきました。生き残るためには競争に勝ち残らなくてはなりません。そのためには社会的な構造を基本から作り直さなくてはいけないということで改革は進められています。
 
しかし、改革が進められていく中で、本当にこれでいいのかという疑問が大きく膨らんできています。市場競争原理に基づいた改革は、本当に正しい方向に我々を導き、みんなに幸せをもたらしてくれるのだろうかという疑問です。
 
最近では、アメリカを宗主国としてのグローバリズムや市場競争原理には大きな間違いがあることが頻繁に批判されるようになりました。経済施策においても人間の幸せを中心においた施策の大切さが説かれています。
 
2003年2月、東京都福祉局は満を持しての福祉改革として、市場競争原理を主軸にした経済効率優先の「都福祉局・福祉改革ステップ2」を立ち上げました。その後、急速に規定や要綱などを変更し、この改革を強力に推進しています。世界では反省の時期に入っているにもかかわらず、強引に市場競争原理を日本の保育の世界に取り込もうとしています。
 
社会施策についてはミクロ的な見地とマクロ的な見地、双方から問題を検討していかなければなりません。一つひとつの施策は合理的に見えても、全体として見てみると当初の目的や意図を裏切ってしまうような結果をもたらしてしまうことがあるからです。経済分野ではこれを合成の誤謬と呼んでいます。(「会社はこれからどうなるのか」岩井克人 平凡社)
 
こうした矛盾は保育施策にもあり、それについては「保育園のパラドックス」で図表化し説明させていただきました。
 
本論ではこの「都福祉局・福祉改革ステップ2」を取り上げ、その問題性を指摘させていただきたいと思います。とりわけ、都市型保育サービスなどといった、子供を大人の夜型生活に追随させるような保育サービスの推進が、家庭での親子の関わりを薄くさせ、親と子の絆をバラバラにしていくことをお伝えしたいと思います。
 
第1章では東京都福祉局の福祉改革ステップ2の理論的な問題性を指摘します。
 
母子関係をバラバラにするような施策を国自身が進めているところが自虐的というか、自滅的というか、何ともおかしいのですが、東京都福祉局は更なる拍車をかけるような保育施策を推進しています。ここでは、長時間保育の問題性、利用者本位に関する解釈、競争原理の導入の過ちについてアメリカの先例などを揚げながら指摘します。更に、保育現場を間違った方針に強制的に従わせるような指導や通知があるのですが、そういった問題にも触れます。
 
第2章では都・福祉局ご自慢の「認証保育所」について、いくつかの実例を上げながら問題性を指摘します。
 
子育てコストの削減といった行政的メリットが高く、民活も期待でき、また、当面の大目的である待機児解消に大きな効果があり、税の公平な分配といった、保育施策に対する不満への即効性のある対応策のようです。
 
こうしたことから、認証保育所制度を導入する地方自治体も多くなっています。東京都にならっていれば間違いはなかろうというような安易な考えがあるのでしょうか。この制度がもたらす重要な問題点が深く考えられていないのが残念です。
 
認証保育所については第三者の専門家による調査が急務です。都福祉局が自信を持って進めているのに、都自身が指導検査・調査したところで真実は出てきません。とにかく問題性は高いと思われます。本論をお読み下さい。また、杜の子ネットにも都・認証保育所の問題点が整理されていますのでご一読下さい。
 
第3章として「サービス推進費」の改訂の流れをお伝えします。なぜこの問題を取り上げるかといいますと、保育の質と大きな関わりがあるからです。
 
この「サービス推進費」は元々は賃金が安く人材の得にくかった民間の社会福祉施設職員の俸給を公務員と同等程度に引き上げるための人件費補助でした。その名も「民間社会福祉施設職員給与公私格差是正制度」と呼ばれていました。それが意図的にサービス推進費という名に変えられ、保育所が行う都市型保育サービスに応じて補助ポイントを計算する制度に切り替えられてしまいました。
 
平均的な常勤保育士6人から8人分の年額給料(一人当たり300万から400万)が削減されそうです。
 
こうした対応が何を生むかは先進国アメリカで実証済みです。保育士への待遇の悪さが保育の質の劣化をもたらすのです。競争原理を持ち込めば保育の質やサービスも上がると勘違いしている総合規制改革委員、日本経済研究センター・理事長の八代尚宏さんにはこの点を指摘したいと思います。
 
第4章は保育所保育の問題性をお伝えします。子供を取り巻く環境が大きく変化しました。とりわけ家庭の機能が弱くなっています。家庭の機能不全は少年非行や少年犯罪との関係性が強くあります。規制緩和と称した最低基準の切り下げが、そして待機児0作戦がいろいろな問題を保育所にもたらしています。こうした状況を知りながら国は保育の責任から逃れようとしています。加えて、都市型保育サービスの推進が更なる家庭の機能不全をもたらすということを知っていただければと思います。
 
バブル後の経済の低迷です。税金も枯渇し財政が深刻な行政の台所事情です。資金がないのは百も承知です。無ければ、ないように仕組みを変えていく、これには異論はありません。ところが、その変え方がおかしいのです。
 
教育や保育などはビジョンが描かれてこそ施策が展開でき、それに必要な財源も位置づけられます。それが、財政面だけを考えた机上の議論で、担当者の付け焼き刃的施策が展開され、予算がバッサバッサと切られていきます。ビジョンが無いために、何が必要か、そうでないかが分からないようです。結果的に社会を崩壊させるような方向に施策誘導してしまうのです。こうした責任を一体誰が取ってくれるのでしょうか。
 
本論は最終責任を受け持たないように三年程度で担当が変わってしまう行政の仕組みに、施策に関わった人が少なくとも責任意識だけは持ってもらいたいという保育現場からのささやかな抵抗です。フランスだったら、とっくにゼネストが行われているでしょう。
 
さて、この論考を元にそれぞれの団体や組織で議論を重ねてただきたいと存じます。そして親と子がバラバラにさせられるような施策「都福祉局・福祉改革ステップ2」が全国に広まらないようにしていただきたいと思います。福祉とは「みんなの幸せ」という意味です。福祉改革がみんのな幸せにつながらないような改革であってはなりません。保育現場の皆さんは間違った改革を止めさせる義務と責任があるのです。
 
私たちは誰のために仕事をしているのでしょうか。それは明らかです。私たちの社会のためであり、子供たちのためです。その子供たちは私たちの未来であり、希望であり、夢です。夢があるからこそ、大変な現実も乗り越えることができます。保育の正しい道は何か、我々がなすべきことは何か、私たちの倫理観を含めて考えていただければと思います。
 
第1章 都・福祉改革ステップ2「保育施策」の問題性

  • 都市型保育サービス推進の問題性
  • 長時間保育は子供の生活習慣病をもたらす
  • 家族そろって夕食を一緒に食べられない
  • 長時間保育のアンケート調査から
  • 子供が輝くまち東京 V/S 福祉改革ステップ2
  • 子供の権利条約について
  • 間違った施策を推進するための通知
  • サービス推進費の誤った補助基準
  • 利用者本位の問題性
  • 利用者本位の概念は施設や施策により異なる
  • 保育所に通う親や子供たちは「発達途上」にある
  • おかしな指導検査
  • 次世代育成支援の在り方に関する研究会の意見
  • 競い合いの問題性
  • 競い合いにより失敗したアメリカの保育
  • 第三者評価は保育の質をチェックできない

第2章 認証保育所の問題点

  • 保育上の問題点
  • 働き方や待遇の問題点
  • 保育の質の問題点
    • 一人の保育者による継続的養育の必要性
    • パート保育士でぶつ切り保育
  • とんでもない保育
  • 生後15日から預かる認証保育所も!
  • 20年前のベビーホテルの再来?
  • これでは保育所とは呼べない!
  • 心の東京革命と福祉改革ステップ2は矛盾する

第3章 サービス推進費の再構築問題

  • 保育の質
  • 「子供が輝くまち東京」で語られた保育士の質
  • 保育のゆくえ・アメリカの現場から
  • 公私格差是正制度の廃止から
    • サービス推進費へ
  • 福祉サービス提供主体経営改革に関する
    • 提言委員会・中間提言
  • サービス推進費補助基準の見直しの問題性
    • 最終に提示されたサービス推進費見直し案

第4章保育所に預ければ、子供の幸せは確保できるのか?       

  • 子供たちの変化、親の変化
  • 家庭の機能不全
  • 消すことのできない刻印(世界子供白書2001)
  • 保育園に入園できても、
  • こんな改革を進めたら、
  • 子供の幸せが確保できるとは限らない
  • 待機児0作戦の問題性

おわりに(改革は保育園から)
 
都・福祉改革ステップ2「保育施策」の問題性
人間は社会を作り、様々な制度を組み立てていくことによって、大勢の人間の力や智恵を集め、便利なものをたくさん発明してきました。このことは人間の発展や幸せに大きく寄与したわけですが、そうした社会的制度が、人間本来の生き方を見誤らせると、その制度自体が社会に問題を起こしてしまうような現象をもたらします。
 
2003年2月に東京都・福祉局は福祉改革ステップ2を策定し、改革を強力に推進しております。従来の福祉では対応できなくなっているとし、都市型ニーズに対応できる保育サービスを推進し、全国に広める決意でいます。ここでは都・福祉改革ステップ2の問題性を指摘したいと思います。
1:都市型保育サービス推進の問題性について
待機児が減少しないのは既存の保育体制では都市型保育ニーズに対応できていないからだとして、都・福祉局は産休明け保育や13時間以上の延長保育その他を掲げ、東京の保育園を全て都市型に転換するよう強力に施策を推し進めています。都市型ニーズというのは都会の大人の生活や働き方から引き起こされる保育ニーズということですが、都会の大人の夜型の生活に保育を合わせるということは、どう考えても子供たちに良いとは思えません。
 
長時間保育は子供の生活習慣病をもたらす
13時間開所というのは朝7時頃から、夜8時頃までです。保育園から帰るとすぐ夜の9時になってしまうような生活です。結局子供たちは夜型の生活にシフトしてしまいます。保育園では、1・2歳児でさえ夜の11時以降に寝るという実態もあります。
 
5歳以下の子供を持つ家庭の父親の帰宅時間が、午後11時から午前3時までの人が南関東で20%を越えています。これには坂口厚生労働大臣もびっくりしたといっておりますが、およそ人間的とはいえない働き方です。(政府広報・厚生労働省「子どもと日本の未来へ。次世代育成支援が始まりました。」)
 
そうした働き方に合わせようとしている都市型の保育サービスは、子供の健全な生活をどのように考えているのでしょうか。
 
都立大教授であり、子どもを犯罪に巻き込まないための方策を提言する会代表の前田雅映氏は少年非行を「子供の生活習慣病」からでてきたものだと伝えていますが、都市型保育サービスは、その「子供の生活習慣病」を促進させるようなものです。
 
長時間保育は結果として親との関わりを薄くします。物理的に考えても、そうならざるをえません。13時間開所というのは、11時間をスタンダードな保育所開所時間として2時間の保育延長ですが、更には3時間延長、4時間延長というサービスもあります。親の働き方がそうしたサービスを要求します。
 
2001年、チャイルド・リサーチ・ネットワークの招聘で来日したサラ・フリードマン博士の調査報告では、長時間保育は週30時間以上の保育としています。平均では33時間程度と記してありましたから、一日6時間から7時間の保育がその平均的な姿です。あのアメリカでさえこの程度の保育時間です。それが現在日本では11時間開所は全国的に統一されており、夕方の6時には全体の9割が保育所に残っている(東社協保育部会調査報告「保育園はこれでいいの?」)という報告もあります。
 
11時間の保育でさえ長すぎます。それを更に2時間も延長して子供たちを預かるということを推進しようというのです。これでは児童虐待とさえいえるのではないでしょうか。
 
行政は保育園に子供を預ければ問題は解決するとのお考えのようです。とんでもありません。保育現場の状態は子供たちに良いと思える状態ではなくなってきているのです。
 
家族そろって、夕飯を一緒に食べられない?
延長保育を含めた長時間の保育サービスを受けるということは、子供は保育所で夕飯を食べるといういうことを意味します。現に延長保育を実施する保育所や認証保育所では夕飯(簡便なものも含めて)を提供しています。この問題で重要なことは、「子供が親と一緒に夕飯を食べることができない」ということです。これは、ことのほか重大な問題です。
 
朝は朝で忙しく、朝食を取らない風習が家庭に広がっています。仮に朝食を取ったとしても、パンに牛乳くらいでしょうか。保育園に通う子供たちからの話を聞くと、ドーナツやケーキ、プリンなどが朝食代わりになっている例もあります。家族の成員それぞれがバラバラに取るのが朝食の現状です。
 
昼食は保育所で取ります。ここでは、栄養士が作成した献立で比較的バランスの取れた暖かくて美味しい食事が提供されます。食事らしいのはこの昼食くらいになったりもします。延長保育を受けると、簡易な夕食が提供されます。いくら簡易であってもある程度の食事は提供されます。すると親たちはそれに便乗するようになるのです。只でさえ時間が足りない生活です。例外はあるかもしれませんが、家に帰ってから、きちんと家族そろって食事をしようなどということは起こらないはずです。
 
お風呂にいれて、早く子供を寝かせて、洗濯をして・・と心急ぐ夜が続きます。家に辿りついて、何かをちょっとすれば夜の10時を過ぎてしまうのです。延長保育とはこうした現実を生んでいくのです。こうした生活が子供に良いわけはありません。
 
東京都では「心の東京革命」を唱え、家庭の大切さを訴えていますが、都福祉局・福祉改革ステップ2は全くそれとは矛盾します。この施策を進めると、保育サービス自身が家庭の機能不全を助長してしまうといっても言い過ぎではありません。
 
元暴走族の総長さんが非行に走った子供たちを自分の家に引き取り、面倒を見ているテレビ・リポートがありました。そこで欠かさず行われることは、「家族(その家に住んで生活している人)みんなで、一緒に夕食を食べる」ということでした。これが立ち直りの出発点だそうです。
 
「家族みんなで一緒に食事をする」。この当たり前のことができにくくなっている現代日本社会です。子供たちは親が長時間働くため、一人で夕食を取ることが常態化し、テレビ、ビデオ、漫画などを相手に自分の部屋で食事を取る傾向が強いことが報告されています。いや、親がいても子供たちは一人で食事をする傾向が広がっています。このような生活から子供たちの心に穴があいていきます。(知っていますか子供たちの食卓 足立己幸 NHK「子どもたちの食卓プロジェクト」)
 
最初に食が乱れ、家族のつながりが失われました。次に生活が乱れ、親の教育力が低下しました。最後には愛が失われ児童虐待が蔓延しています。これが現代日本の姿なのです。
 
親との関わりの不足が、子供たちの心の問題に大きな影を落としています。こうした問題性は明らかであるにも関わらず、都・福祉局は親子の関わりをますます薄くさせるような施策を加速させているのです。
 
長時間の保育についてのアンケート調査から・白鳳学園保育センター
平成9年に午後6時以降の保育を受けていた381園の保育園に通っている1905名の保護者に対して行った白鳳学園の長時間保育の調査がありますが、「子育て上配慮していることについて」という自由記述の中には、「時間がない」「忙しい」「つい子供を叱ってしまう」「イライラしてしまう」という記述が大変多くあり、いわゆるお母さんも切れやすい状態になっている状況が読みとれます。長時間保育は結果的に大変さを夜に持ち越しています。
 
中には、『就労時間が長いとそれだけ自分(母)も疲れてしまいます。家事もたまっていらいらします。その時つい子供によくない態度をとってしまいがちなのです。お迎え時間が遅ければ寝る時間も遅くなります。子供が寝不足で保育園で楽しくないのはあまりにも可哀想です』といった記述もありました。
 
働き方の問題が家庭生活だけでなく、子供の生活にも悪影響を及ぼしているのです。現状を解決するには長時間の保育は必要だが、それは決して自分たちが望んでいるものではない、といろいろな言葉で表現してます。
 
是非白鳳学園に問い合わせ、お読みになって下さい。長時間保育の問題性と父親・母親の本音がたくさん記述されています。子育て支援として何が必要かが感じられると思います。
 
また、共励保育園のホームページに目白学園女子短期大学教授・中野由美子先生の「共働き夫婦の子育てをどう支援するか」をご一読下さい。延長保育に関する調査結果がまとめられており、長時間保育の問題性と保育の本来の在り方が提示されております。
 
都市型の保育ニーズに対応するということは、仕事中心の大人優先の生活を下支えするということですが、そうすることによって子供たちの生活がとても大きな影響を受け、健全とは言えないような状況に陥っています。どうしてこのような問題性が高い都市型保育サービスが推進されるのでしょうか。それは、保育現場の状況を汲み上げるシステムが無く、行政担当者が上部から下りてくる指令にしか顔を向けないからです。現場の問題を理解せず、どうして解決策が引き出せるのでしょう。問題は現場に起きているのにです。
 
「子供が輝くまち東京」V/S「福祉改革ステップ2」
子供が輝くまち東京
 
1999年に最終報告が出された「子どもが輝くまち東京」(委員長・網野武博)では、次のような点が指摘されています。

  • 母親は21世紀の迫る現代社会に生きている。それに対し、ヒトとしての子どもは昔も今も同じように生まれ、同じような成長のスタイルをたどる。
  • 困ったことに、乳幼児は生理的にも心理的にも、親、あるいは親的な存在に依存しないと生きていけない。
  • 乳幼児の子育ては1対1の関係で、24時間体制で見守るのが基本。・・なんとも効率が悪い話です。しかし、その効率の悪さが子育ての特性なのです。
  • 親は21世紀に身を置いているのに、子どもは古代と基本的に変わらない状況の下で生まれてくる。そうした親と子との状況のズレが大きく開いているのが現代の子育ての難しさだ。
  • 又、「子どもにとって良い保育とは」という項では、次のような点も指摘されています。
  • 0歳後半から1歳前半の時期は、特定の親しい人への愛着が強くなる時期である。子どもの不安を少なくするために、保育者の頻繁な交代は避けなければならない。
  • 長時間保育や夜間保育は子どもの負担。できれば親の働き方を変える方が望ましい。
  • 子どもにとって望ましいのは親が育児休業をとって、ゆったりと子どもに接することである。
  • 近年の子育て支援では、親の条件が優先され、子どもの状況への配慮に欠けた印象を受ける。
  • 0歳児の保育時間の延長や夜間保育などは、親の立場からの要請があるにしても、子どもの成長には望ましいとはいいにくい。
  • 基本的に省略化や合理化できないのが育児である。

このように、真に子供の視点に立った立派な提案が1999年には都知事宛になされたわけですが、これらの提言はどうなったのでしょうか。現時点(平成16年2月現在)でも都・福祉局のホームページには掲載されていますが、この精神は福祉改革ステップ2には受け継がれてていません。コスト削減に走るあまり、基本原則をどこかへ吹き飛ばしてしまっているようです。
 
児童福祉審議会・中間答申
都・福祉改革ステップ2を是認するような形で開催されている都・児童福祉審議会は2003年8月に次のような中間答申を出しました。(児童福祉審議会・中間答申 委員長・網野武博)
 
『小さな子どもにとっては、夜間や長時間にわたる保育は必ずしも望ましいものではない。労働環境の改善について、企業等に働きかけていくことこそがまず必要である。しかし、現実に都市型保育ニーズが増大している以上、行政は、それに的確に応えていかなくてはならない。』
 
「子供が輝くまち東京」と同じ委員長から発せられたとは思えない内容の差です。この中間答申では、子供には夜型や長時間の保育は良くない。しかし、現実にそうした都市型保育ニーズがあるのだから、それに対応するのが行政の使命と答えています。
 
これは、福祉改革ステップ2の立ち上げ当初の説明文書に全く同じ文言がありますが、都・児童福祉審議会はそれを丸請けしています。子供には良くないとは分かっていても、仕方がないのでやらざるを得ないと言っています。現在の中間答申の考え方ですと、とにかく都市型ニーズに応えるのが先行されます。こうした論理展開では問題の根本に対する対策は取られず、対症療法しか行われないことは明らかです。これが、都・児童福祉審議会の実態です。
 
この中間答申の文言は逆な論理で語られなくてはならないと思います。つまり、現実的にはいろいろな都市型の問題があるので、それに対応しなくてはならないが、本来であれば、夜間や長時間保育は子供にとって良くないので、対応が整い次第、将来に向かって、だんだんと、都市型の保育サービスは縮小し、子供にとってよい保育をしていきたい。これが行政の本来の姿勢ではないのでしょうか。それだったら、理解できるのです。
 
ところが、こうした重要な問題を無視し、都市型保育サービスを全国展開すると大きなラッパを吹いています。こうした認識には開いた口が塞がりません。まずいことに、この都市型保育の問題性を正しく認識しない地方行政が東京に続けとばかり、認証保育所制度をどんどん取り入れています。仙台保育室・相模原市認定制度など枚挙にいとまがありません。一体どうしたことでしょうか。
 
(横浜保育室は東京都より先に同じような保育制度として展開されています。これも大きな問題があります)
 
保育園の子供たちの異変が示しているように、保育の現場では子供たちへの対応に四苦八苦している状況が報告されています。長時間保育を含めた便利な保育サービスは親と子をバラバラにし、子供の心に穴をあけていることに手を貸しているのではないでしょうか。これが日本国中に広がっていけば、相当大きな社会問題になるはずです。一体、誰が最終責任を取ってくれるのでしょうか。私たちはこうした方針を、行政が決めたことだからとして、ただ受け入れるだけで良いのでしょうか。保育現場の責任は非常に重いと思います。
 
子どもの権利条約について
「1994年にこの国際条約を日本は批准しました。日本国憲法98条2項では、戦前に国際法違反を繰り返した反省のうえに立って、『日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする』と定められていますが、この『誠実に遵守する』との解釈から、批准された条約は国内法としての効力が認められ、その効力は国会が定めた法律に優位すると一般的に解されています。
 
 通常は批准前に、国内法の整備として、条約に反すると考えられる法律が改廃されたりすることがありますが、仮に法律の手当がなされなくとも、条約に反する法律の規定は無効となります。子どもの権利条約は法的拘束力のある実体的な権利を定めたものです。」(発想の転換を迫られる保育界 弁護士・新美隆 げ・ん・き75号 エイデル研究所)
 
この子どもの権利条約の第三条では、児童に関するすべての措置をとるにあたっては、いずれの場合にも「子どもの最善の利益」が主として考慮され、国や自治体、警察、裁判所、親、保育所などが、子どもに関わる何かを決めようとするときには、何が子どもの最善の利益なのかを基準にしなさい、社会の在り方を決めなさいと言っています。
 
都・福祉改革ステップ2はこの条約の精神に従っているのでしょうか。そうでないことは明らかです。国内法にも優先される国際条約です。これらの問題を議論しないというのは、政治家の方々の大きな責任問題となるでしょう。
 
都市型保育ニーズに対応することによって、母を失った子供たちがたくさん排出され、母性、子どもを思う気持ちを失った母親がたくさん出てしまいます。仕事には良いかもしれませんが、これが社会にどんな影響をもたらすか、少し考えれば想像できるではありませんか。現に少年達が起こす犯罪や非行少年の増大がとても大きな証です。これらの問題に目をつむり、経済効率優先の施策を続けることは、児童の権利条約に抵触します。罪悪ともいえるものではないでしょうか。
 
間違った施策を推進するための通知
現在、保育所の老朽改築は市区町村を窓口にして行われておりますが、平成14年6月19日付通知「保育所施設整備の基本的な方針について」においては、いわゆる都市型保育ニーズに対応するところは改築に対する補助を優先すると書かれております。
 
こうした通知は、問題の多い都市型保育サービスを都内の保育所に一律に対応させるというとても強い強制力があり、大きな問題があります。実際、窓口である八王子市では「東京都の整備計画の2時間延長保育を実施しない」ことを理由に改築の補助金申請の受付すらしなかったのです。
 
こうなると、ほとんどの保育所が嫌でもこれに従うことになります。補助を受けないと改築はできない仕組みになっているからです。指導に従わない場合は改築はできません。たとえ、保育園舎が耐震基準を満たしていなくてもです。
 
サービス推進費の誤った補助基準
このサービス推進費については第3章で述べますが、子供たちに良くない都市型保育を推進させるために補助基準と補助内容が見直されました。基本額はあるにしてもそれまでの人件費補助の4分の1を下回ります。施設の努力による補助は、親の都合を最優先した長時間保育・日曜祭日保育・一時保育・病後時保育・年末年始保育などの都市型保育サービスが列挙され、それらのサービスを行うとポイントが上がり、そのポイント数に応じて補助額が決まるという仕組です。一部には有効な子育て支援策もありますが、基本は都市型保育サービスの推進です。こうした方針が出されると、都内にある私立保育園では高い補助を受けようと、競って都市型サービスを充実させようと走り出します。
 
これで更に子供たちにとって良くない保育が広がってしまいます。こうした間違った考え方も、時代の波に乗り遅れると経営はやっていけなくなる、だから時代のニーズに合わせないといけない、という暗なる市場競争原理で支えられます。こうした傾向を見るにつけ、「子供の意見を代弁できるのが保育者ではないのか!」「保育者の倫理は、そして良心はどうなったのだ!」と、訴えたい気持ちで一杯になります。
 
かつて人件費補助であったサービス推進費(旧公私格差是正費)は、その名の通りサービスの度合いによって補助される内容となってしまいました。
2:利用者本位の問題性
利用者本位の概念は施設や施策により異なる
福祉改革ステップ2では利用者本位が謳われています。知的障害者施設の虐待や老人施設での処遇の悪さなどが新聞紙上でも取り上げられました。こうした姿勢は福祉にあるまじき行為として糾弾されなくてはならないでしょう。
 
この利用者本位というのは、老人施設や障害者施設であれば、本当に大切な福祉の概念としてとてもよく理解できます。これまで日本社会に貢献してきた人たちに誠意をもって人生の最終章を気持ちよく過ごしていただくとする利用者本位は本当に大切です。障害者の方々に、彼らの立場に立って十分な配慮をもって対応させていただくこと、これも大変重要なことです。しかし、保育所を利用する人たちに、同じような利用者本位という考えを当てはめてよいのでしょうか。
 
保育所には子供たちとその保護者がいます。基本的には、保育所を利用する両者の利害は一致するのですが、都市型保育サービスが展開され、長時間保育が実施されたりすると、これが大きく乖離してしまいます。
 
長時間子供を預けることによって親は仕事ができて良いでしょうが、子供は本当に夜の8時や9時頃まで保育園に居たいのでしょうか。家に帰りたいに決まっています。つまり、子どもの希望と親の希望が異なってしまうことになるのです。この時点で利用者本位は保育所では崩れてしまいます。
 
一日13時間もの長い間、保育を受けることを常態とするような、非人間的システムはヨーロッパには見当たりません。アメリカだって特別な例を除いてはないはずです。長時間保育の概念も一日6、7時間程度です。
 
こうした指摘をすると、都・福祉局の担当者は「13時間保育ではない、13時間開所である」と回答します。しかし、保育所が開かれている時間が長ければ、それに従って親は仕事を増やすことになります。いや、親が増やしたくないと思っても雇用主が仕事を増やしてしまうでしょう。「保育所は開いているんだから子供を預けて働いて下さい。」ということになります。あえて指摘するなら、一般的になっている11時間だって長すぎます。こうした状況は児童虐待とは言えないでしょうか。国や都自身が児童の虐待を自ら推進している。おかしな国です。保育園に預ければ児童の福祉は確保され、問題は解決されたと考えているのでしょうか。そうだとしたら、あまりにも見識が不足しています。
 
ヨーロッパでは、一般の労働者は男性も女性も午後4時には仕事を終えます。午後5時には、保育園には子供たちの姿は見当たらないと聞いています。子供のことを考えたからそうなったのです。自分たちの社会の未来を考えたからそうなったのです。
 
福祉改革ステップ2の対応は、第一の利用者である「子ども」ではなしに、「働く親」への利用者本位であることは明らかです。子どもへの視点を失っています。どうしてこんな単細胞的な見方しかできないのでしょう。不思議でなりません。
 
保育所に通う親や子供たちは「発達途上」にある
次に大切なことは、保育所に通う子供たちや親はまだ「発達途上」だということです。つまり、これから様々なレベルでの体験や学習を通して親も子も育っていくのです。
 
子供たちは一人の人間として成長するために、基本的な教育を受けます。母親との絆に支えられながら、徐々に自分を作り、その自分への信頼を力に集団との関わりを広げていきます。
 
親は子供の成長を通してだんだん親らしく育っていきます。子供が0歳の時、親は親として同じように0歳の親です。保育所に通う6年間で、親は非常に沢山のことを学びます。保育士は子育ての影武者となって親自身が子育てに取り組むように応援します。子育てという人類崇高な仕事を親自身が経験し、四苦八苦しながらも親が親として成長することができるように応援します。このことが保育所の本来の役割です。単なる親の就労支援だけが保育所の目的ではないのです。親が親として育つために果たさなくてはならない保育所の真の役割については、実践的なまとめが共励保育園のホームページに掲載されております。ご一読ください。
 
こうした発達途上にある人たちに、市場競争原理にいわれる利用者本位をそのまま適用して良いのでしょうか。子育ての仕事を「預かってなんぼ!」というようなお金の価値だけで判断するような利用者本位が広がったらどうなるのでしょう。そう考える人たちが日本の社会全体に広がったらどうなるのでしょう。重要なことは、間違った利用者本位が広がると、親たちが親として成長する機会を奪われてしまうということです。
 
おかしなことに、こうした誤った利用者本位を行政が強制的に保育現場に持ち込むのです。この勘違いをどう説明してあげたらよいのでしょうか。本来は現場の過ちを指導するのが指導検査です。ところが行政が間違った判断で現場をコントロールするのです。一体、誰がこのような愚かな行為を止めてくれるのでしょうか。
 
おかしな指導検査
保育所を指導検査している都・福祉局市区町村指導係は次のような利用者本位を指導しています。
 
多摩地域にある保育団体の機関誌に「本年度の指導検査を受けての感想」として次のような東京都福祉局の指導が掲載されました。

  • 指導1.『(都)保育園の保育時間は保護者が決めることで、保育園が決定するものではない。例えば母親が買物、スポーツ、レジャー等でも保護者の要求があれば何事も拒否できず、長時間を含む保育をすること。』(原文通り)
  • 指導2.『(都)園児に「お弁当の日」を設けることは母親の負担になる』(原文通り)

こうした指導は、福祉改革ステップ2の利用者本位という考えが反映されたものと推察できますが、保育現場ではこんな指導が現実にあるのです。こうした利用者本位は本当に良いことなのでしょうか。良識をもって判断すれば自ずと答えが出ることでしょう。こうした勘違いを指導検査官が権威を盾に現場を指導するのです。一般の保育所は指導検査には逆らうことはできませんから、その憤りを機関誌で表明したのではないでしょうか。
 
更に平成15年5月に三多摩地区保育連合会の研修会で都・福祉局市区町村指導係は良い施設の条件を説明しましたが、親の迎えが遅くなったので、夕方お風呂にいれてあげるような配慮をしている保育所を褒め称えていたり、飲食店などのサービス例をあげ、利用者本位の保育サービスを展開するよう説いていました。
 
こうした指導は、全く保育の本質を見誤ったものです。保育所の真の目的は、親の子育ての応援をしながら、子供が健全に育つことを保障することです。そして子供たちの成長を通して親が親として育つことを援助することです。保育園は親と協力をしながら子供を徐々に社会的な存在として育て、将来の日本の社会を背負ってもらう健全な人を育てることを真の役割として持ちます。
 
最近、ある保育士からメールが届きました。それには次のように記されていました。
 
『私は八王子市の私立保育園に15年勤める保育士です。ここ数年私の勤める保育園も行政の要求に伴い母親のための保育園に様変わりしてきました。私は保育しているというよりは、母親達の相談役、友達のようです。そして子供たちはとにかく甘えて離れず、親の顔色ばかりうかがいます。保育園も、何でも、どんなときにでも預かれという始末。洗濯、ボタン付けまで私たちがするのが当たり前のようになってきたのです。園長にどんなに「おかしい!」と反発しても、「しょうがない」というばかりです。』
 
おかしな指導がこうした現実を作ってしまいます。保育所は基本的なポリシーが欠けると、それこそ便利屋さんに成り果てます。その姿が現実となっていることが恐ろしいです。認可保育園でさえこうした状況です。まして、企業が進める認証保育所はどのような倫理観、ポリシーをもって保育が展開されるのでしょうか。
 
最近、ヤマト福祉財団理事長である小倉昌男氏の「福祉を変える経営」を読み、障害者も発達途上であるということを強く認識しました。小倉氏の「行政の仕事のために福祉事業があるのであって、肝心の障害者の幸せが忘れられている。」といったご指摘には大いに共感させていただきました。
 
次世代育成支援施策の在り方に関する研究会の意見
「次世代育成支援施策の在り方に関する研究会」(平成15年8月)ではつぎのように述べています。
 
『子どもの幸せの視点を考えれば、親の負担軽減を図るあまりに、親を単なる「サービスの一方的な受け手」としてしまうような支援は適当ではない。むしろ、親子の絆を深め、親の子育て力を高める施策や親自身の主体的な取組を促す施策を充実する視点が必要である。』
 
『施策の推進に当たっては、子どもの幸せという視点に立ち、親の子育て力が高まるように支援すべきであり、親が自己の都合を優先するあまり、育児の責任を放棄するようなことがあってはならないと考える。』とはっきり明記しています。
 
こうした国の研究会の指摘からも明らかですが、利用者本位を親の都合だけに焦点を当てた都・福祉局保育所指導係の指導は大きな勘違いがあります。
 
利用者本位とは単に親のための利便性を最優先するものではなく、子どもに対する適切なケアや教育により、真に子どもの幸せを実現するためのものです。それには当然親の就労支援などの役割も含まれますが、子供が優先されなくてはなりません。
 
保育所がいろいろな機能を果たさなくてはならなくなった現在、子供の健全な育成や教育という保育所本来の仕事がなおざりにされ、疎かにされているのはおかしいのです。そうした保育の本質を評価する物差しがないことが問題なのです。
3:競い合いの問題性
東京都福祉局は利用者の選択を可能にするために、規制緩和などを行い、民間の参入などにより、保育サービスの量そのものを増やし、それらが競い合うことで保育サービスのレベルアップを図るとしていますが、はたしてそうした方針が問題の解決をもたらしてくれるのでしょうか。
 
競い合いにより失敗したアメリカの保育
2001年11月6日から連載された読売新聞の記事「保育のゆくえ」には、カリフォルニアの競い合いにより展開されている保育サービスの現状が報告されております。
 
それによると、保育所では3つのタイプが競争を勝ち抜いているということです。

  • 一つ目は、質は高いが保育料も高額で、結局、所得の多い人しか利用できないという保育所です。
  • 二つ目は、内容も良く、保育料もそこそこという保育所。しかし沢山の待機児が控えており利用しにくい現実となっています。
  • 三つ目は、保育料は安いが、質も悪いという保育所。結局は質が悪くても保育料が安い企業チェーンの保育所を利用しなくてはならなくなったという現状が報告されています。

こうした現実を、アメリカオークランド市の市民団体BANANA代表のアーリス・カリー氏は「保育が公的に整備されていないアメリカのシステムの歪みです。」と述べており、カリフォルニア大学バークレー校助教授のブルース・フューラーさんは「質や保育内容、設置主体などばらつきすぎ、もう公的資金を公平に投入するのも難しい。だれもが安心して利用できる保育への道のりはあまりにも遠い」と述べています。こうして、はっきりと市場競争原理の失敗が示されているのです。
 
総合規制改革会議委員である八代尚宏さんは2001年12月4日付の読売新聞「保育園の民間参入解禁から一年半」で『非営利だが高コストの保育園と、同じサービスを合理的に供給する企業と、どちらが得だろうか。企業努力で適正な利潤を生み、競争することで質のいい保育園を増やしていくことに意義がある。』と述べていますが、市場競争原理実践国・アメリカの状況をお知りにならないのでしょうか。いえ、そんなことは無いと思います。
 
保育の質をチェックできない第三者評価
八代尚宏氏は前述の読売新聞記事で『質の維持は、第三者評価などのシステムを活用して十分図れるはずだ』(2001年12月4日付の読売新聞)と述べていますが、現在進められている保育所の第三者評価は、保育のサービス評価です。保育の質まではチェックできていません。保育の質については第2章、3章に必要な項目を上げますが、保育学会会長の森上史朗先生は保育の質について、つぎのようにまとめています。
 
『第1に保育の質の評価は多面的な価値観、その枠組みが関係し、普遍的、客観的な基準など存在しない。第2に保育の質は結果として捉えるべきでなく、向上していくプロセスそのものにある。評価基準が設定されるとそれに到達することのみが目的とされる。保育の質は継続的な省察と検討(自己評価)を伴った流動的なプロセスそのものの中で保育者や園が成長していくことこそ高く評価される。第3に自己評価から出発して、他者の評価に進むべきで、最初から他者の評価だと、保育の実施している保育者自身の気づきが見失われ、向上の意欲もなくなる。しかし自己評価もそれが外にひらかれ、他者との交流がないとひとりよがりのものになる。また、保育の質は保育者の資質によるところが多い。したがって保育の質の評価の中心に保育者の評価を位置づけることもありえる。しかし、問題は保育者の資質は個人にのみ帰属されるべきものでもなく、研修体制や園の雰囲気、職員関係などが大きく影響する。そうした意味で保育者の評価は全体的な枠組みの中で検討することが必要であろう。』                                                                「保育の質は継続的な省察と検討(自己評価)を伴った流動的なプロセスそのものの中で保育者や園が成長していくこと」というポイントが非常に重要です。このような保育の質は第三者評価で行っている書類やマニュアルの整備だけでは判断できないものです。
 
森上先生の保育の質の捉え方と比べると平成15年に八代氏がまとめた「保育サービス市場の現状と課題」(内閣府国民生活局物価政策課)に保育の質に関する定義がありますが、非常に内容の乏しい保育の質の捉え方のようです。保育の質に関する認識不足の例としてご覧いただきたいと思います。
 
もっとも、現在の認可保育所には森上先生のいわれるような流動的なプロセスを通して保育士や園の成長を期待できるような研修体制は認められていません。「日々保育」という法律上の文言を労働施策一辺倒の解釈でねじ曲げ、保育所は日曜・祭日以外は一日たりとも休園してはならないといった指導があります。3月31日に卒園式で翌月1日は入園式といった、新年度を迎えるのに何の準備も許されないような指導があります。ちなみに法律的な解釈ですと、「日々保育」とは、「通所施設」であることを意味します。
 
そこで、共励保育園では保護者の方と話し合い、「責任ある仕事を果たすためにも保育士がカリキュラムを作ったり、保育の準備をしたりする時間を下さい。この成果は必ずお子さまに還元しますから。」ということで、希望保育というお願いをしてきました。この希望保育というのは保育園の仕事の大変さと重要さを理解して下さった保護者の方々が、ご自分の仕事などの都合をつけ、保育園に協力してくださる制度です。もちろん都合の付かない方のお子さまは保育園で保育します。これは全国的にも共通してあるものですが、これを都・福祉局指導係は「まかりならん!」と言っております。詳しくは共励保育園のホームページ「保育園の反乱で描かれなかったもの」をご一読ください。
 
何年か前、都の課長さんだったか、係長さんだったでしょうか、共励保育園の保育実践記録を渡し、保育の大切なポイントを説明したのですが、返ってきた言葉は『そのようなことは、お願いしていない』でした。保育の質や内容については、とんとご関心が無いようです。
 
以上のように、都市型保育サービスの推進、利用者本位、競い合いの問題点を指摘してきました。市場競争原理で進められたアメリカの保育は、深刻な問題を抱えているようです。経済効率優先・労働施策を中心に考えられた、保育施策・福祉改革ステップ2は「子供たちの健全な発達」を約束するものであるとはとても思えません。
 
早晩、少年非行や少年犯罪がもたらす費用増大によって、計画されたコスト削減はもろくも崩れ去るでしょう。更には子供たちが起こす問題で社会不安が増大するでしょう。
 
一刻も早く、このような社会を混乱させ、国をも滅ぼす恐れのある施策は中止すべきであると思います。これは政治の責任だと、本当に思うのです。
 
認証保育所の問題点
2001年8月、東京都の認証保育所(駅前タイプ)は保育改革の起爆剤として、満を持して創設されました。「改札口から5分で保育所!」というキャッチフレーズは親にとって便利な保育所を強調しています。続いて、都民のニーズとして、「産休明けから預けたい」「残業している時間も預かってほしい」「送り迎えが便利な場所で預かって欲しい」などがあり、そうした要望を受けて、『都・福祉改革ステップ2では、認証保育所の普及促進や、認可保育所の都市型サービスへの転換促進など、保育サービスの総体のレベルアップを図っていきます。』と記しています。
 
こうした方針ですから、働く母親のニーズが優先され、保育を受ける子供たちのニーズが記されていません。こうした偏した考え方が、どのような結果を生むか。具体的に認証保育所の問題点を列記しましょう。
 
1:保育上の問題点
まず、保育の状況から問題点をいくつか指摘させていただきます。
 
経営者によって、いろいろな工夫がされ、一律とは決して言えません。中には認可保育所を凌駕するほどの設備や保育内容のところもあるのですが、それらは例外といってよいでしょう。一般的に次のようなことがいえます。
 
空きビルなどの活用からか、70から90平方メートル位の部屋(もちろんもっと広いケースもある)を、低い棚などで区切り、0歳から3歳位までの保育室を区分けしています。間仕切りが低いので当然音は部屋全体に響きわたり、いろいろな音がごちゃ混ぜになります。
 
中には乳児と幼児が混合で保育されている場合もあるようです。そのため、0歳児保育で食事、あそび、睡眠などの生活空間の確保ができず、落ち着いた雰囲気がつくれないという所もあります。特に雨の日などは壮絶な環境になります。こうした環境で長時間保育を受けることには、大きな問題があります。
 
改札口から5分で保育所というくらいですから、便利ではありますが、非常に交通の激しいところに位置しますので、散歩に出にくい状況があります。また、戸外に出ても乳母車の使用が不可欠で「歩くこと」が不足することになります。園庭が義務づけられていません。その結果、戸外遊びが不可能に近くなります。ある認証保育所では水遊びを非常階段の踊り場で行っていたりしています。
 
2004年1月号の「保育界」(日本保育協会・機関誌)には「保育園を考える親の会」(代表・普光院亜紀)の行った「親が保育園に言いたいこと」というアンケートのまとめがあり、横浜保育室のことが掲載されていました。横浜保育室は東京都の認証保育所のモデルとなったものでしょうか。認証保育所が発足する前から横浜にはこの保育室が存在していました。
 
『横浜保育室で、TV、ビデオを乳児に見せないで欲しいことと、子供の数が多すぎるのではないか(特に1月から3月は多くなる)ということを(園長に)言ったが、TVは時間を決めて内容を選んでいるし、TVの良さもあると言われ、また他のお母さんからそんな声はない。人数も基準以内だしといわれた。何でも言ってくださいという割には言ってもムダという感じがした。しょせん無認可。園は園長個人の所有物という感じがして、あきらめた。今、私立認可に移り、ここしか空きがないからというぐらいの気持ちで入園したが、園庭があることが子供にとってどんなに良いことか、園舎が広いことがどんなに良いことかがわかった。早く移れば良かった。』
 
乳児のテレビ視聴については、日本小児科医会が2歳まではテレビやビデオを見ないようにとの警告を新聞紙上で発表しました。テレビに子守をさせるような保育は論外です。それは別にしても、園庭があって、園舎が広ければ保育の質が確保されるような印象を受けますが、何とも内容の低い、保育の質を問う以前のレベルが横浜保育室にはあるようです。
 
最近、お子さんを認証保育所から公立保育園に転園させたお母さんからお話を聞くことができました。便利でいいのだけれども、園庭がないと子どもが可哀想というのが、その理由でした。
 
費用負担がまだまだ高いというのも理由もあるのですが、子供の入所・退所が非常に多く、「常に泣いている子がいる」というような状態が認証保育所には起こっているようです。
 
2:働き方や待遇の問題点
次に働く側からの問題点を揚げてみましょう。
 
国基準という低い単価で認証保育所は運営されています。その上、運営は株式会社だったりしますから、利益を上げなくてはなりません。規制緩和で土地や建物に対する賃借料も運営費から支出してよいことになりましたから、そうした費用も確保しなくてはなりません。
 
保育で一番コストの掛かるのは人件費ですから、それを押さえるためには、認証保育所には経験の少ない若い保育者が多く採用されることになります。そして規制緩和により、保育士定数の4割は資格を持たなくても良く、更に常勤でなくても良い規定となっていますので、無資格の方を更に安い賃金で雇うことになります。
 
読売新聞、保育のゆくえ(3)アメリカの現場から(2001年11月8日付)には次のような記事が掲載されていました。
 
『採算を考えれば、いくらでも人件費は抑えられる。企業の保育チェーンがマニュアルを導入する背景には「スタッフの回転が早すぎて、保育技術の蓄積ができないため」との分析もある。』
 
保育士への待遇の悪さが保育の質の劣化をもたらしているとの報告の一部ですが、これが都・福祉局が理想として求めているアメリカの市場競争原理によってできあがった保育の現状でしょう。人件費が抑えられ、保育士の待遇が悪くなり、やがてこの分野に人材が枯渇していくだろうことは目に見えています。
 
ある認証保育所、10時頃の時間、お母さんからの電話連絡を受けていました。「今日はお休みします」という母親からの連絡に、「もっと、早く連絡してくれなくては困るのよねぇ!」と担当者が応えていました。
 
これは何を意味するかといいますと、認証保育所では当日の子どもの出席数に応じた保育士の配置を行っているということです。園児の登園状況により、「今日はあなたは帰って下さいと経営者から言われ、保育士は勤務調整されたりすることもあるというのです。中にはベビーシッター協会と連携をとって、職員の配置を調整しているところもあります。これなら、勤務調整の必要はないのですが、子供に対する対応には大きな問題がのこります。「子供が輝くまち東京」の「子どもの不安を少なくするために、保育者の頻繁な交代は避けなければならない。」なんてことは絵に描いた餅です。
 
こんな具合ですから、職員の処遇は厳しく調整され、結果として安定した収入を確保することが難しいというような状況がもたらされます。
 
ある園長先生から聞いた話ですが、認可園が保育士を募集すると、枠の10倍前後の応募があるのに、認証保育所では募集してもなかなか応募がなく、毎日のように広告を出さなくてはならないということだそうです。つまり昔いわれていた3Kが認証保育所では復活しているのではないでしょうか。
 
認証保育所では定員に見合った職員数の配置が義務づけられています。しかし一部の認証保育所では、年度当初の数ヶ月は子供たちが認可保育所に流れてしまうので、定員が充足されることが難しく、そのため保育料をダンピングしているという話も聞きます。こうした定員割れ状態により収入が圧迫され、職員の処遇が悪くなります。結果として職員の採用・退職のサイクルが早くなります。
 
3:保育の質の問題点
一人の保育者による継続的養育の必要性
母親との親密な関わりを通して、安全感を抱き、その安全感をもって、自立していく。健全な自我を確立するには決まった保育者の継続的なケアは特に大切です。
 
母親が子供に対応できないとすれば、せめてそれに代わる保育者は、安定した関係を子供と作れるような配慮が必要です。これを失うと子どもの心は健全に育ちません。
 
特に012歳児の保育は人間の人格を作り上げる時期で、ボールビィも愛着論の中で、「一人の保育者(母親)による継続的養育」の必要性を説いており、今や世界的に共有される認識になりつつあると、世界乳幼児精神保健学会副会長である渡辺久子先生も説いています。
 
前述の働く側からの問題点を考えてみても、認証保育所では継続的なケアという基本的なことを確保することも困難になっているようです。
 
パート保育士でぶつ切り保育
認証保育所では、保育士がパート勤務が多いため、子供たちの保育にぶつ切れで当たることになります。しかも、13時間以上開所の長時間保育です。長い一日の中で、何人もの保育士が一人の子に関わることになります
 
中には、ほとんどの職員がパートで細切れシフトで働いており、職員同士はお互いの名前も知らず、園長でさえも職員の名前と顔が一致しないとのことです。ある保護者からのクレームについて園長が事実を調べようとしたが、どの職員が担当したのか、誰に聞いていいのかわからなかったなどと、笑えない話もあるそうです。
 
杜の子育てネット
 
こうした保育形態では、子どもは誰を拠り所として良いかわからず、人との安定した関係を作りにくくなります。厚生労働省が示した保育指針にも「一人ひとりを大切にする保育」とありますが、保育の基本的な理念は一体、どこの国の話かと思えるほどです。
 
更に、パート勤務では、子供の発達や日々の配慮に関する保育士同志の共通理解を持つことは難しくなりますし、もちろん工夫している認証保育所もないわけではないのでしょうが、保育の質を高めるための研修の時間などは持ちようがありません。制限された収入からでは、保育の質を高める研修などより、経営を優先させることにならざるを得ないからです。
 
保育の質を高めようとするならば、一年に数回の外部が行う研修に参加させても、あまり意味はありません。継続した施設内での研修が求められるのです。そうした研修が森上史朗氏のいう継続的な省察と検討を伴った流動的プロセスの中で保育士や園が成長していくというを生み、保育の質を高めることができるのです。こうしたレベルは認証保育所においては期待すべくもないと思います。
 
とんでもない保育
生後15日から預かる認証保育所も!
東京都福生市にある認証保育所のパンフレットが手元にあります。それには「ママである時間も、自分らしくある時間も大切にしたいあなたのために」とキャッチコピーが書かれ、「忙しいママを応援する新しい保育サービスです」とありました。
 
保育ルーム(一時預かり・月ぎめ保育)の第一行には「生後15日から2歳ぐらいまで・・・」と記されていました。最初、この15日を1.5ヶ月と読み違えました。注意して読み直すと、「生後15日から」とあります。
 
生後15日というのは、母親の床上げも終わっていません。一般的に母乳の分泌を促進させるためには、赤ちゃんの声、吸てつなどの刺激が必要で、そうした刺激を受けながら母親は母親としての性を自覚していく。赤ちゃんを抱っこし、おっぱいを与え、オムツを替えながら、母親は自分の赤ちゃんへの愛おしいさを深めるのです。
 
赤ちゃんにとっても、母親との接触は胎内からの連続でなされることが必要で、ある人は出産後1年間を胎外妊娠期間と言ったりもします。それを、こんなに早い時期から母親と分断されたのでは、赤ちゃんは母の心を失うことになります。同時に母親も母としての心を失います。聖マリアンナ医科大学周産期センター長の堀内勁先生は「これでは母親になれない」と断言されました。
 
2003年5月3日に放映されたTBS報道特集「少子化対策に保育園の乱」では、「情が出ると預けられなくなるから、子供がまだ小さい内から保育園に預ける」と、あっけらかんとしてインタビューに応えていたお母さんがいましたが、母としての心を失った典型的な例ではないでしょうか。
 
赤ちゃんの健康に関しても大いに問題があります。へその緒が取れて間もなく、黄疸のリスクや皮膚のトラブルもたくさんあるでしょう。呼吸そのものへの心配だってあります。このような、まだ医学的なケアが必要な時期に、認証保育所で預かるといいます。
 
ある保育園長は、『やむない事情から市の要請により、生後10日程の赤ちゃんを預かったことがあるが、その日一日で一年分の疲れを感じた。10分間隔で赤ちゃんの状況を確認するよう保育士に指示し、自分もそれに関わりだしたが、一時も離れることができないくらい心配が膨らんだ。』と述懐しています。彼女は経験40年。ベテラン中のベテランで、立派な保育指導者として現場を指導しています。その彼女が、驚いていたくらいです。
 
この認証保育所では、彼女のようなベテランはいるのでしょうか。パート保育士が生後15日の赤ちゃんの状況を正しく把握し、医学的にも養護的にも的確な判断をし対応できるのでしょうか。これまで指摘してきたような認証保育所の状況では全く心許ないと言わざるを得ません。つまり、こういうサービスはしてはいけないのです。
 
認可保育所でもためらうような保育サービスを認証保育所では平然と「忙しいママのために・・・」とパンフレットに書いています。このような意識で保育を営業する企業が多くなることの危険性を感じてはいただけないでしょうか。
20年前のベビーホテル問題の再来?
ある認証保育所。伺うと、保育士があぐらをかいて、組んだ足の上に3ヶ月か4ヶ月位の赤ちゃんを乗せミルクを与えていました。訪問者との会話を行いながら、その保育士は赤ちゃんに「そら自分で持つのよ!自分で持って!」とほ乳びんを自分で持つように赤ちゃんに促していました。
 
忘れもしません。今から20年ほど前、昭和56年にTBSのリポーターであった堂本暁子氏(現千葉県知事)は、ベビーホテルの実態を報道しました。これは大きな社会問題として取り上げられました。その後の保育施策に大きな影響を与えたものです。
 
その時の映像に、床に何人も並んで寝かせられている赤ちゃんが自分でほ乳びんを持ってミルクを飲んでいた光景がありました。決して忘れられないものです。
 
そうしたことを思わせる保育が、現在の認証保育所にもあるようなのです。これには驚きました。経営者は「東京都からお願いされて認証保育所になった」としきりに強調していましたが、その意味は分かりませんでした。
 
『ほら、たくましいでしょ!』という保育者の言葉に、子どもの精神的発達を理解できない人は、この仕事をしてはいけないと思いました。
 
これでは、保育所とは呼べない!
認証を申請中の未認可保育所です。「夜間保育(27時迄)も実施します」とパンフレットにありました。つまり、明け方の3時まで子供を預かるというのです。サービス競争の果てです。こうなると、保育所と呼んで良いかどうかも疑わしくなります。
 
認証保育所は平成15年8月現在160カ所がありますが、夜8時までが22箇所、8時半までが30カ所、9時までが23箇所、9時半までが8カ所、10時までが14カ所箇所、11時までが1カ所、12時までが1カ所、午前2時までが2カ所、24時間が1箇所、残りは不明です。
 
これらの認証保育所では夕食が用意されます。つまり、家族と一緒に夕食を食べることができないということを意味します。朝は忙しくて食べるどころではありません。昼は保育園、そして夜も保育園で食事する。せめて夕飯ぐらいは家族揃って食べたいものです。これでは子供の心に穴が空いてしまいます。
 
心の東京革命とステップ2は矛盾する
石原都知事が推進する心の東京革命では「家族団らんで食事をする。」と行動目標に掲げています。認証保育所は心の東京革命の精神についてはどのように考えているのでしょうか。いくら現状に対応しなくてはならないといっても、都知事の基本方針に反するようなことを推進してはいけません。
 
東京都福祉局の「選択・競い合いによる利用者本位のサービス推進」が結局はこうした保育をもたらすのです。利用者本位のニーズに従うと、どのようなサービスも正当化されます。そして競い合いが一般化されると、安かろう・悪かろうという保育が生き残るのです。決して質の良いものだけが生き残るわけではありません。
 
そして、時代の風を受けて親は子供への無関心を増大させ、その結果、質の悪い保育が世の中にはびこるのです。そうした保育により育てられた子供たちが社会に報復するだろうことは容易に想像できることです。単純に市場原理を導入すれば、保育の質は上がり、コストは削減できると思いこんでいますが、全くの誤りです。
 
そうした認証保育所を、都・福祉局及び都・児童福祉審議会は、「都市型保育ニーズに対応し、競い合いにより利用者本位のサービスが広がり、13時間以上も子どもを預けることができ、ニーズの多い012歳児の待機児を解消し、認可保育所にくらべ費用は半分以下、それなのにサービスの面ではむしろ多様な取組がなされている。」とべた褒めです。一体、私たちはどのような良識を持つ人を審議会の委員として選んだのでしょうか。審議会の委員は心が痛くならないのでしょうか。
 
平成16年2月の都の資料によると、認証保育所は193カ所に増えました。この調子で増え続けますと、認証保育所の保育が一般的となってしまいます。
 
しかし、実態は今までに述べたような状況です。もう重ねて言う必要はありません。子どもの心を壊し、社会をだめにしていく、働く親の利便性ばかりを考えた長時間保育・都市型保育サービスを、まっとうな都民は望んでいないはずです。子どもの幸せをないがしろにするニーズは、都民の真のニーズであるとも思えません。一日も早く、このような愚行は中止していただきたいものです。
 
サービス推進費の再構築問題について
サービス推進費は人件費補助です。以前は公私格差是正制度といって、公立の保育士と民間の保育士の給与格差を是正し、質の高い保育士の確保に多大な貢献をしています。そのサービス推進費が都市型保育推進のための補助に変えられてしまいました。これまで述べたように都市型保育サービスの推進は子供たちにとって、日本の将来にとって良い影響をもたらしません。そうした保育の中身ばかりか、この補助の内容を変えることによって経験のある保育士のリストラやパート保育士への切り替えが進められます。これは、東京の保育にとって深刻な問題をもたらすでしょう。この愚策が保育の質にどのように影響するかを考えてみましょう。
 
1:保育の質
保育の質はいったいどのような基準で図ることができるのでしょうか。これには、保育を託児サービスとして捉える視点と、子供の健全発達を保障する養護・教育として捉える視点とがあります。言うまでもなく前者は利用する親へのサービス度という視点で語られ、後者は子供の発達の保障という点で語られます。
 
保育所は児童福祉施設ですから、子供の最善の利益が優先されなくてはなりません。こう考えれば何が優先されなければならないかは明らかです。子供の健全育成がきちんと図られるかというのが最も重要な点ですし、まさにこのポイントに焦点が当てられ保育の質が議論されなくてはなりません。保育の質は次のような項目で図ることができると福島大学教育学部教授の大宮勇雄先生はまとめています。

  1. 中身の質:
    • 生活カリキュラム・教育的カリキュラム・栄養と食事・安全管理
  2. 関係の質:
    • 保育者と子供・子供と子供・親と子供・保育者と親
    • 保育者と親の関係は、子供を真ん中に置いた関係でなくてはならない。決して「サービス」の供給者と消費者の関係ではない。
  3. 条件の質:
    • 施設や設備・環境
    • 園長・保育者・栄養士・看護士・調理師等の人的配置・資格や専門性
  4. 保育者や職員への処遇:
    • 保育者の賃金・離職率・(下線部・長田加筆)

上記4項目における保育の質の説明は杜の子育てネットwww.morinoko.net/hoikuをご覧下さい。一見しただけでも保育の質の深さがご理解いただけるのではないかと思います。まさに、人間を育て上げる英知が結集されなくてはならないということです。
 
2:「子供が輝くまち東京」で語られた保育士の質
現在の都・福祉改革ステップ2ではまったく無視されていると思える提言「子供が輝くまち東京」に保育士の質について述べられた部分があります。
 
『家庭と母親から離れて不安な思いをしている子どもにとって、何よりも必要なことは、保育者と保育者のいる空間が安全の基地、心理的な拠り所なることでしょう。保育者が子どもの心理的拠り所であるためには、高い専門性を持った保育のプロであることが必要です。保育の質は保育者で決まるといってもいいぐらいです。良い保育者は子どもは小さくても自分の意志を持ち、要求を態度や行動に表していることを知っており、子どもを一人の人格を持った存在として尊重しています。また、子どもの行動をよく見ていて、子どもの心の動き、要求に敏感で臨機応変の対応ができます。子どもの全般的な発達段階の特徴と、一人ひとりの子どもの発達状況や個性、家庭での子どもの様子をよく理解しており、育児についても悩みを持つ母親の相談に乗ることもできます。良い保育者は子どもからも親からも信頼されています。』
 
いかがでしょうか、とっても立派な解釈が保育士の質についてなされています。こうした立派な解釈があるのに、こうした視点から保育施策が立案されないのです。この「子どもが輝くまち東京」の会長さんと、現在の都・中央児童福祉審議会の会長さんが同じ人物であるというところがもの凄い矛盾を示しています。一体どうしてしまったのでしょう。
 
この「子どもが輝くまち東京」で求められた保育士の質は簡単に備わるものなのでしょうか。答えは否です。もちろん保育士としての適正な資質は基本的な事項です。加えて絶え間ない勉強と経験、研修が要求されることは明らかです。第一章で引用した保育学会の森上史朗先生の保育の評価の定義を思い出して下さい。
 
現在、保育園に通う子供たちの変化は激しく、いろいろな問題が保育現場にはあります。お風呂に子どもを入れない親、夜取り替えたままのオムツで保育園に登園してくる子、お金がかかるのでオムツを替えすぎないようにと市に苦情を申し出る親、荒れた心を持つ子供のクラスの友達への影響のすごさなど、それこそ家庭の基本的機能が不全を起こしていることにより、さまざまな問題が保育園に持ち込まれます。
 
ご承知のように、小一プロブレムというのが学校では深刻で、小学校一年から学級崩壊が始まっているそうですが、問題の根はもっと小さい時期にあります。それくらい機能不全の家庭が増えているのです。
 
そうした中で、保育士は子どもの心に寄り添い、子どもの発達を理解し、魅力ある遊びを展開しながら子供たちの保育・教育にあたる。加えて、親を親として育てるための指導も引き受ける。何とも大変な仕事です。親への対応の難しさ、子どもの心へ寄り添っていくことの大変さは言葉には表すことができないほどです。
 
こうした状況に対応するには、経験ある保育士とじっくり子供に向き合える時間が必要なのです。子供が5歳にもなると、一度落ち込んだ気持ちや荒れた気持ちは、なかなかなだめることが難しいのです。小学校へ行ったら、更に難しくなります。コンビニやファスト・フードの店長などのコア人材がいれば、後はパートでいいような状況とは全く違うのです。保育士全員が子供たちにとって重要なコア人材なのです。
 
3:保育のゆくえ・アメリカの現場から
2001年11月8日付読売新聞、「保育のゆくえ(3)米の現場から スタッフ流失 質の低下招く」という記事が掲載されました。それによると、アメリカ・カリフォルニア州では、保育士に対する待遇が低く、専門知識を持つ優れた人材がよそへ流失し、よい保育者を確保できない結果を招いており、これがアメリカ全体の保育の質に大きな影を落としている」と報じております。
 
更に「採算を考えればいくらでも人件費を抑えられる。企業の保育チェーンがマニュアルを導入する背景には『スタッフの回転が早すぎて、保育技術の蓄積ができないため』との分析もある。」「保育者不足から全米児童教育協会の「優秀」を受けた保育所でも約30%が「普通」や「悪い」に転落していた。」「4年で先生が入れ替わる。これがアメリカの最も大切な発達段階にいる子どもが育つ環境です。」と記事は続きます。
 
こうした現実が、日本経済センター理事長の八代尚宏氏が推進する競い合いにより実現される保育の姿です。こんな状況を親たちはは望むのでしょうか。
 
保育士や保育所職員の待遇を落とすことは、このように保育の質を落としてしまうのです。
 
米国では、保育の「中身」の質を測定するのは難しいため、むしろ「保育の条件」に関わる部分を調べて、それを「保育の質」を測るものさしにするようです。しばしば利用されるのは、保育者の配置(子どもと保育者の比率)、保育者の賃金、保育者の離職率の3つのポイントです。しかし、こうした評価の物差しでは保育の中身の質を図ることができないのは明らかです。保育の質を図るということはもっと次元の高いことなのです。
4:公私格差是正制度の廃止からサービス推進費へ
こうした合衆国における状況にも関わらず、都・福祉局は次のようなことを行ってきました。平成11年まで継続されていた、民間の社会福祉施設に働く職員の処遇に関し、低い国のレベルを補正し、都の公務員のレベルまで引き上げてくれていた公私格差是正制度を廃止してしまいました。
 
公私格差是正制度が、どれだけ都内にある私立認可保育所の職員の質を向上させたかわかりません。そうした補助が無かった時代をご存じの方もお有りかもしれませんが、当時は保母を希望する人が実に少なかった、いわゆる3Kの仕事だったのです。当時は必死に保母さんを探したものです。とにかく無資格でも子供を保育してくれる人がいれば有り難かったのです。
 
確かに公私格差是正制度の細部には問題もありました。しかし本質のところでは非常に重要な役割を果たしていました。数字にはでませんが、保母の質を高め、子供問題の予防に大きな役割を果たしてきたことは確かです。机の上ばかりで仕事をしていると、物事の本質が見えなくなるのではないでしょうか。だから保育所の価値が分からなくなっているのです。
 
平成11年12月をもって東京都福祉局は、その制度を廃止してしまいました。一部には施設側も廃止を望んだということは聞いておりますが、それは施設全体の総意とはいえません。ほとんどの施設は流れに従わざるを得ないような状態でした。
 
平成10年10月7日の折衝委員会では福祉局総務部長・地域福祉部長は次のように述べています。
 
『基本的には、民間施設を困らせる改革ではなく、むしろ民間施設の経営改革を支援する意味での改革ととらえている。決して今の予算を削ることが目的ではなく、仕組みを変えるということだ』
 
こうした福祉局側の話に、民間社会福祉施設は一応は納得し、公私格差是正制度は廃止されました。そして、廃止後の補助の名称が「サービス推進費」と名付けられたのです。どうしてサービス推進費という名になったのかは、その時意味が分からず、現場では公私格差制度が名前を変えて残った、つまり職員の経験に応じた補助は残ったと安心したのです。
 
そのサービス推進費は、本則の適用を平成14年度(2002年度)から行う予定でしたが、行われず、平成14年11月、川崎福祉局長は新聞に「これまでの画一的な仕組みを、サービス向上に向けた施設の努力が真に報われる制度とするよう慎重に検討を進めている」と報じました。
 
5:福祉サービス提供主体経営改革に関する提言委員会・中間提言
そうした方針を下支えするために、福祉局長は「福祉サービス提供主体経営改革に関する提言委員会」(委員長・高橋紘士)などという、学者やビジネスコンサルタントだけで、保育関係者が全く加わってはいない委員会を諮問機関として設け、平成14年7月に中間提言で、次のように提言させています。
 
「サービス推進費のしくみを見ると、常勤施設職員の給与財源を補助している、いわゆるB経費は、利用者サービスの向上を目的として(この文章で人件費補助から利用者サービスへと補助目的のすり替えが行われており、当初からこの目的変更のために名称をサービス推進費と名付けたことが推察される)、職員の平均勤続年数に着目して補助額を算定している。こうしたしくみをとっている根底には、職員の経験が利用者サービスの向上に寄与する(ここで更に目的のすり替えの強化を行っている)との考えがあるものと推察されるが、利用者サービスの向上を確認する術はなく、その補助効果が現れるかの保障のない補助のしくみとなっている。」
 
こうした現場を馬鹿にした提言を局長が受け、サービス推進費のしくみを変え、大幅に補助額を削減しようとしました。ここへ来て、保育現場は福祉局の当初からの目的が都市型保育サービスの推進と人件費補助廃止であることを理解し、なぜサービス推進費という名称が付けられたかという理由が分かったのですが、こうした現場を欺くようなやりかたは、公僕たる行政担当者としてはあるまじき行為ではないでしょうか。
 
素直な子供たちに対応している、心温かき保育士たちが、このようなやり方でひどい仕打ちをうけたら、どれくらい心が萎えてしまうことでしょうか。優秀な人材どころか、普通の人材さえ得られなくなることは確実です。
 
本来ならば家庭が果たさなくてはならない子育ての第一義的責任を、その多くを保育所が補っています。親や、子供たちの置かれている現状を考えますと、単純に責任は親にあるのだからと問題を家庭に返したところで、解決を図ることができないことは分かっています。だから、いろいろある子どもの心に添うようにして、同時に親の問題にも懸命に対応しているのです。乳幼児保育という、ただでさえ大変な仕事に加え、親の指導、地域の子育てセンターなどの役割まで加えてやるようになっています。仕事は過去より二倍・三倍以上になり、しかも問題は複雑になっています。
 
民間の保育所には経験のある職員が多くおり、そこでの年齢構成は平均勤続年数12年から14年という非常にバランスの取れたものが多くあります。都としても、サービス推進費を実施するにあたり、勤続18年で600万というのを保証するということで、「20歳から60歳までの一定の賃金カーブをもとに、中間点を頭打ちとしている。職員の経験年数が均等に分布していれば、給与総額としては払えるものとなる。」と公私格差是正制度を廃止する際に、担当者は回答しています。良い保育所の例として、職員が定着している園を揚げているところを考えても、経験が大切な意味を持つことを、都・指導課係自身が指摘していたのです。それが今回の見直しで国の基準を目指して下げられるようになりました。
 
不景気が蔓延している現在、都の提示した勤続18年で600万円の年収には議論があるかもしれません。牛丼の吉野屋の店長が25歳で年収400万、マクドナルドでは7年から8年で店長となり、年収600万(毎日新聞・あなたの値段2004.2.27)、学校の先生が平均800万円の年収です。
 
国の基準では保育士の俸給は4年の経験を最高に頭打ちとなっています。こうした状況を考えても、適正な処遇が民間保育所の保育士に行われていないことがご理解いただけるでしょうか。有能な男性保育者を獲得できない原因となります。
 
6:サービス推進費補助基準の見直しの問題性
しかし、今回、福祉局はそうした職員の経験をまったく考慮しない補助の方式を打ち出し、東京都社会福祉協議会(東社協)保育代表者との懇談会で了承を得られたものとして見直しを進めています。なんと今回のサービス推進費の改訂では、施設によれば2、000万円から2、500万円もの減額になると聞いています。それも、経験のある職員を保持している施設の方が減額が多いという矛盾が起きています。施設の経営の在り方をも揺るがす程の額です。公私格差是正制度廃止の際の約束もこれで一気に吹き飛ばされてしまいました。
 
東社協の保育代表者との懇談会で了承を得られてといっても、東社協には東京都の職員が天下りしていますから、都の下部組織と言えるような存在のようです。合意を取ることはそれ程難しくないはずです。これには東社協以外の保育団体(これらが真の保育代表者といえるのでは?)の代表者も納得できず、平成15年10月29日には三多摩地区保育連合会、日本保育協会東京区支部、日本保育協会多摩支部、私立保育園連盟の4団体は緊急に「明日の東京の保育を考えるセミナー」を開催し、「今回のサービス推進費補助の再構築に当たっては、拙速な改革ではなく、我々現場の声が十分反映される内容にしていただきたい・・・」と緊急アピール文を出しています。
 
つまり、保育4団体は交渉の蚊帳の外に置かれてしまったのです。
 
この拙速な改革というのは、いわゆる都市型保育サービスに対応した保育サービスを行っているところを努力していると評価したり、サービス内容に応じた単価を決め、それに実施人数を乗じた額を補助額とするもので、職員の経験は全く考慮されておらず、評価される保育サービスも保育の質とはまったくかけ離れた内容となっており、施設の努力に対する評価が何ともお寒い限りとなっています。拙速というのはそういう意味でしょう。都市型サービスを推進させたいがための補助の基準の再構築です。ある程度の内容の低さは予想しましたが、それにしても見識の無さにはあきれ果ててしまいます。
 
保育園の中には職員をきちんと教育している施設もあり、そうした保育園は地域からも保護者からも信頼をうけているのですが、そうした施設の方が、一気に減額される額が多く、真の努力が報われない結果を生みます。結局は経験の浅い職員に現場がリストラを含め対応しなくてはならない状況さえ生みます。これでは保育改革になりません。
 
こうした状況は都民が本当に望んでいるのでしょうか。予算の削減ばかりに目を捉えられていると、物事の一番大切なところを見落としてしまいます。
7:最終に提示されたサービス推進費見直し案
最終に提示されたサービス推進費見直し案は

  1. 基本補助加算、
  2. 特別保育事業推進加算、
  3. 地域子育て支援推進加算(ポイント制)、
  4. 経営改革支援加算

の4本立てとなっています。これについては巻末に資料1.2.3.4.として添付しました。
 
基本補助加算は、保育した子供の人数に加算単価を乗ずるものになっていますが、延長保育をするところと、そうでないところには差がつけられています。この基本単価による補助はそれまでの補助額の23%程度(4分の1を下回る額)になっており、努力・実績加算にあたる特別保育事業や地域子育て支援事業などを加えなければ補助額はアップしません。
 
保育士の人件費補助がこのような補助になってしまいました。これでは、本来の仕事をきちんとこなすという姿勢は薄れはしないでしょうか。本来の保育の仕事に対する評価がありませんし、保育の質でもおわかりのように、保育の真の努力は外側からは見えにくい存在となっています。見えにくいということは、やってもやらなくても同じという現場の空気を生みます。
 
保育の本質を理解しない経営者が運営する保育所は評価されやすい外向きの努力が進み、見えにくい保育所の真の努力が失われていくということになるのです。この制度は現場を堕落させます。
 
努力加算である特別保育事業には、延長保育、病後児保育、休日保育、一時保育夜間保育など、子供たちにとって良いとは思えない保育が並びます。
 
おかしなことに、普通の努力は1ポイント20万円ですが、東京都が学者さんやコンサルタント会社を集めて推進している福祉経営改革に関する指導を受けるためのコンサルタントへの相談料が一番高い補助額である300万円となっています。これには大きな疑問を感じざるを得ないことも付け加えておきます。
 
都市型保育推進自体が、子供のために良くないことだけでも、この基準は明らかに誤りです。しかも保育の本質を見誤らせます。こうした判断基準そのものを見直していただかなくてはなりません。ソフトランディングと称し、毎年20%ずつ減額額を増し5年で100%の減額を実施するなどの案が提示されましたが、そのような誤魔化しはとんでもありません。今、大切なのは保育の仕事の正しい評価とそれに見合った保育士に対する給与の保障です。サービス推進費の補助の基準の見直し自体は中止されなければいけません。
 
保育所に預ければ、子供の幸せは確保できるのか?
子供たちの変化・親の変化
教育評論家尾木直樹氏の主催する教育研究所「虹」の調査報告(調査時期 1998年12月)に、保育士から見たこの3年から5年間の子供の変化と親の変化を調べたものがありますが、それによると、
 
保育士から見た子供の変化

  1. 夜型の生活の子供が増えた   (96.9%)
  2. 親の前では「良い子に」変身する(61.5%)
  3. 保母に甘えるようになってきた (76.4%)
  4. 子ども同士のコミュニケーションが取れない(71.6%)
  5. 言動が粗暴になってきている  (79.5%)
  6. ジコチュー児(自己中心児)が増えた(85.1%)
  7. 何かあるとすぐに「パニック」状態になる子供が増えた(73.9%)

保育士から見た親の変化

  1. 受容とわがままの区別がつかない(92%)
  2. 必要以上に「良い子」でいることを子供に要求している(66.9%)
  3. 親の「モラル」が低下したと思う(72.8%)
  4. 授乳や食生活に無頓着である  (76.1%)
  5. 基本的生活習慣を身につけさせることへの配慮が弱い (85.9%)
  6. 保育士との関係がうまくとれない(アドバイスを批判されたとしか受け取れない等)(51.8%)

親も親ですごい変化をしていますが、子供の変化も更にすごい。特に気になるのが、親の前では「良い子」に変身する子供、それに対して必要以上に「良い子」であることを子供に要求する母親。こうした中に、親子の関係性の危うさがはっきり出ております。つまり、自我を作り上げる上での土台となる母親に、甘えることも反抗することも控えている子供たちの姿が映し出されています。
 
子ども同士のコミュニケーションが取れない、何かあるとすぐパニックになる、ジコチュウ児が増えた、言動が粗暴になってきたなど、学級崩壊の芽のようなものを持った子どもが保育園に非常に多くなっています。大きな問題です。
 
2:家庭の機能不全
こうした状況は、2000年に日本弁護士連合会に加盟している弁護士さんたちが行った、調査報告書を想起させます。(検証 少年犯罪・日本弁護士連合会編 日本評論社)
 
この調査は非行や少年犯罪の重大な要因として「家族の機能不全」をあげています。規範意識が薄くなっていることも大きな原因ですが、それとは別のレベルの問題として以下のような指摘をしています。
 
『家族の中で親の愛情を十分に与えられる一人の人間として育てられ、自分が大切にされているということを実感することが、自らの生命に対して「すばらしいもの」という意識を育て、感情を豊かにし、親、兄弟を、そして周りの人々を大切にするということを実感できるのである。しかし、機能不全ともいうべき家庭にあっては、子供にこうした感情を育つ保障を奪い、子供たちは感情の表現を押さえるようになり、感情表現の仕方が分からなくなり、ひいては人間的な感情を育てることができなくなる。他者に対する共感も育たず、一旦暴力に訴えた場合にも、その先を想像することができず、抑制力がない。』(検証 少年犯罪16頁)
 
犯罪を犯した少年達の保護者から得た自由記述の内容分析では、両親の離婚、家庭不和、仕事中心で日常会話が不足していた、家庭が冷たかった、親として向かい合って分かり合えなかった、子供の淋しさが分からなかった。放任していたなど、親の子供への関わりの薄さを多くの親が記述しているのが特徴的でした。「居心地の良い、楽しい家庭だったら非行は始まらなかったかもしれないと思っている。」という母親の言葉には、私たち自身の家庭の在り方を見直す必要のあることを伝えてくれます。
 
「私の関わった非行少年達には、全員に共通したものがある。それは淋しさだ。」と保護司の仕事をされているお寺の住職さんは言っていました。子供を大切に、温かく包んでくれる家庭が失われているのです。
 
3:保育園に入園できても、こんな改革が進められれば子供の幸せが確保できるとは限らない
待機児0作戦のもたらしたもの
2003年10月に発表された厚生労働省の調査では「自分の自由な時間が持てない(第一位)」と答えている母親が55.2%に及んでいます。具合の悪いことに、早くから保育所などに子供を預けた方が楽だ、保育園に長く預けても問題はないという風潮が若い親たちに広がり、子供たちは0歳から長時間保育施設で保育されることが急増しています。
 
網野武博氏などは、他人が行った1980年から現在までの20年間の国内外の調査研究文献を分析し、「母親の就労は子に悪影響はない」と内閣府有識者懇談会を通して結論づけています。他人のふんどしで相撲を取るような調査でモノを言って良いのかとも思いますが、新聞報道されれば、多くの親は単純に「働いても子供に悪影響はでないんだ!」というメッセージを受け取ります。
 
ここ数年の012歳児保育の急増ぶりは目を疑うほどのものがあります。保育所を作っても作っても、次の年には同じ数の待機児が出る始末です。しかも待機しているのは012歳児です。平成元年における全国認可保育所の0歳児保育は人口比率3.18%でした。それが平成14年には6.09%になっています。平成15年度の段階で、東京都は11%を越え、我が八王子市などでは人口比14.8%となっています。保育所を作っても足りなくなるわけです。これに認証保育所や未認可の0歳児保育が加わるのです。人間として育っていくための基本となる母親との関わりが特に必要な012歳児期に母親との関わりを奪われていく乳幼児がたくさん排出されるのです。
 
こうした状況に規制緩和と称した保育所最低基準の切り下げが行われ、定員を25%もオーバーして待機児を受け入れる施設も出てきました。待機児解消だから仕方がないというわけです。
 
ある認可保育所では要望を受け入れた結果、1歳児を一クラスで26人も一緒に保育しているというような事態も起きています。カミツキがひどいのですが、噛みつきが起こっても大きな声を保育士が出さないというのが指導上の留意点だそうです。パニック的な雰囲気が保育室に広がることはいけないという配慮です。これでは子供が他人に対して信頼感を持つことができない状態です。
 
奈良市の公立保育所では2歳児一クラス37人などという事例もでてきています。保育士の配置や保育室の面積などは基準に従っているかもしれませんが、落ち着いた雰囲気で生活できない保育環境が、どのような子供たちを育てていくか心配です。
 
このような事例が全国の認可保育所あちこちで聞かれるようになりました。待機児0作戦がこんな現象を生んでいます。
 
4:消すことのできない刻印
2001年に発行されたユニセフの世界子供白書には、0歳から3歳までの子供の脳の発達が神秘的なまでに素晴らしいこと、同時にその時期のケアが非常に大切であると書かれていました。
 
その報告書の16頁に「消すことのできない刻印」という記述があります。
 
『乳幼児期に基本的ニーズを満たされない子供はしばしば不信感を抱いて、自分や他人を信じられなくなる。早い時期に指導を受けて自分の行動を観察し、制御するようにならなければ、就学するときに不安に陥り、怯え、衝動的になり、行動が支離滅裂になり得る。』
 
『脳は素晴らしい自己保護と回復の機能を持っている。だが、子供が生後最初の数年間に受ける愛情に満ちたケアや養育、あるいはそうした大事な経験がないことが幼い心に消すことのできない刻印を残すことになる。』
 
まさに、保育園では不安や不信感を抱き、支離滅裂な行動を起こす子供たちが増えています。乳幼児期に基本的なニーズが満たされていないことがうかがえます。現場の保育士たちは必死に子供たちの心に寄り添い、心に開いた穴を埋めようと努力しています。同時に基本的生活習慣を身につけさせ、更には教育的な仕事も請け負っています。この仕事がコンビニやファスト・フードの仕事と同じ評価でよいのでしょうか。
 
認可保育所は素晴らしい機能を持っているはずなのに、行政の間違った方針がその役割を曲げてしまいます。認可保育所に子供を預けても、子供たちの心や体の発達にきちんと対応し、子供たちの真のニーズに対応しなければ、問題は複雑になり、先送りされるだけです。
 
こうした事態を都・福祉改革ステップ2は増幅させてしまうのです。認証保育所だったらどうなるのでしょうか。基準は更に低いのです。後始末は後の社会が受け持つのです。青少年の犯罪多発で、いくら罰則を厳しくしても効果は少ないはずです。要はそうした子供たちを育ててしまうような環境を是正しなくてはならないのです。保育施策がそのような環境を作ってしまうようでは困ります。今必要なことは、きちんと認可保育所の役割を評価することです。そうすれば、間違った施策は出てこないはずです。
 
少子高齢化や基礎構造改革を根拠に、年金制度の維持や税金の確保のために母親が子供が乳児の段階から外で働くことが奨励され、それが一部の女性地位の向上を求める人たちの強い要望とからまって、偏した保育施策を充実させ、「子育ての外注化」を進める。こうした「家庭が成り立たないような働き方」が家庭の機能不全をもたらします。
 
保育は間違った施策が展開されると、対象が大きいだけに深刻な社会問題をもたらす恐れがあるります。
 
「みんなの幸せ」を阻害する施策を率先して推奨している行政や政治家の皆さん、積極的に受入対応している保育界、企業など、子育て問題の本質を真剣に考える必要があります。猛省を促したいと思います。
 
(改革は保育所から)
この国はこれでやっていけるのか?と、本当に心配になりました。2003年の12月30日にOECDによる世界主要30カ国の15歳の少年少女の学力調査(文章を理解し、その中から情報を引き出し、解決策を探る力)が行われましたが、フィンランドが他を大きく引き離し1位の座に輝きました。フィンランドは10年前、失業率が19%という未曾有の不況に襲われ、社会全体のシステム見直しに迫られました。そのとき中心に据えられたのが、教育改革でした。
 
教育立国として有名であったドイツは21位、先進国中最下位でした。これにはドイツの教育界が騒然となりました。このPISA-PANICをきっかけにドイツは教育改革を開始し始めました。特にハウプトシューレという労働者を育てるための学校は、まるで人生の掃き溜めに集まったような子供たちでいっぱいでした。学ぶ意欲を失った子供たちはそれこそ社会のお荷物になっているのです。
 
日本は8位ということでしたが、どうも信じられませんでした。なぜなら、ドイツのハウプトシューレでみられる状況は日本の学校でも当たり前のようにあるからです。何しろ中学生の4割に届くほどの子供たちの親が子供の学習に無関心ですし、子供は子供で学習意欲を失いかけているからです。高校3年生10万5千人を対象にした文部科学省の学力調査(平成16年1月発表)でも、「分からないことをそのままにしておく36%」「授業以外には勉強しないが41%となっています。これで世界8位というのはどうも疑わしいのです。
 
問題はこうした意欲の無い子供たちが育って大人になり、社会のマジョリティーを形成していくことです。こうなると社会改革は難しくなります。
 
そうならないためにも、改革は保育所から始めなくてはならないのです。人間は一生成長していくものでもありますが、人間の基本的な人格の形成は乳幼児期にあります。そのことの大切さを社会はもっと認識するべきだと思います。ドイツでも小学校以前の子供たちに対する教育対策の重要性が真剣に議論されていました。
 
家庭が成り立つ働き方を保障し、親子の絆が強くなるような施策を展開することが急務です。そうでないと、日本は心の穴があいた子供たちでいっぱいになってしまいます。既に、その数は相当なものに膨らんでいます。子供は歪んで育てられると、必ず社会に「非行」という形で復讐します。だからこそ、現在都・福祉局が進めているような市場競争原理による経済効率優先の、自らの社会を滅ぼすような施策を中止させなくてはならないのです。
 
さて、今回は問題指摘に終始してしまいました。望ましい保育施策については、2002年に八王子市の市民委員になって1年半、生活福祉分科会の皆さんと議論してまとまった内容「八王子ゆめおり市民会議・生活福祉分科会・中間提言」が共励保育園のホームページ「保育問題小論集」に掲載されています。そこでは、子供の視点に立った保育施策の基本を考えたつもりでいます。育児休業制の重要性や子育て広場の利点や意味などが説かれています。
 
また、保育所の真の役割である、子供の成長に喜びを感じ、親が親として育つ実践的保育所保育の在り方については、共励保育園のホームページに掲載してあります。
 
子供の健全な発達を促すための保育実践や教育カリキュラムについては、共励保育園のホームページに既にいくつかの実践記録は掲載されておりますが、暫時追加されていきます。子供たちの「見る力」「考える力」「判断する力」「創り出す力」などを中心においた保育実践をご覧下さい。4・5歳児におけるルールや仕組みの理解が子供集団にとって、とても大切な意味を持ちます。この年齢での教育的アプローチの大切さをご理解いただけたら幸いと思います。
 
生まれて間もない赤ちゃんから、就学前の子供たちの保育は人間の基本を作り上げる大切な時期です。保育士は親の役割を補い、子供たちの基本的生活習慣が確立するよう援助し、運動を含めて身体的な発達を保障する。まだ言葉もままならないこの時期の子供たちに温かい心で子供たちに寄り添うように関わります。
 
よく保育所は「食う・寝る・遊ぶ」などといわれます。これをとらえて、保育園では単に子供を預かって遊ばせておけば良いなどとの認識が社会の一部にあるようですが、この「食う・寝る・遊ぶ」は殊の外、深い意味を持ちます。その意味を社会が理解しないといけません。特に「遊ぶ」については深い考察が必要です。共励保育園の実践を通してお考えいただければと思います。
 
レンガを一つひとつ積んでいくように、子育てや教育をおこなっていけば、明るい未来は見えてきます。改革は保育所からです。保育の仕事をきちっと評価し、施策として取り組んでいただければ、保育所はきっと良い役割を果たします。
 
問題は国家予算における社会保障費の中の子供家庭に対する予算が少なすぎることです。老人を100とすると、子供家庭はたった5%です。ヨーロッパでは子ども家庭の予算は老人福祉予算の30%から40%くらいを占めています。
 
(Social security expenditure in the Nordic countries.1999)
 
巻末に資料5として北欧5カ国の社会補償費の老人と子供家庭に関する割合一覧表を添付しました。ご覧ください。
 
単に現在の予算を倍にし、10%にすれば、児童手当、家庭育児に対する補助、幼保一元化も含めて大きな問題が解決へ向かうはずです。自分たちの未来である子供たちに予算が配分できない社会です。先進国といわれるには、余りにも未熟ではないでしょうか。
 
それに、保育士一人が対応する子供の人数が多すぎます。3歳児20人に保育士一人というのは、今から30年も前の基準です。4・5歳児30人に保育士一人というのは50年も前の基準です。幼稚園の基準が3歳以上、35人に教諭一人というのも驚きです。
 
最近0歳児が一人30万円だの40万円もかかるという批判があります。品川区などは0歳児に70万円もかけていたということも聞きましたから、こうした批判も理解できないわけではないのですが、保育所の予算は0歳から5歳までの保育単価それぞれに人数を乗じて得られた額や市区町村の補助を加えて全体を計算した上で、それぞれ必要な経費を振り分けていきます。ですから0歳児の単価がそのまま0歳児に振り分けられるのではないのです。
 
3歳未満児の比較的高い単価は自然と単価の低い3歳以上児の保育士配置へと振り分けられています。ですから、現場では3歳児を10人や15人に保育士一人の割で配置することも可能になっているのです。0歳児の単価が高いことそれだけをして、保育所の保育単価が高いと勘違いさせるような報道や発言は差し控えてもらいたいと思います。
 
問題は国基準があまりにも古く低いので、東京都はその差を埋めてくれていたのです。その東京都が古く低い国基準に合わせ、都加算を削減しようというのですから問題の認識が足りなさ過ぎます。今回のサービス推進費の見直しで、保育現場では人間的な対応や教育的な対応が困難になってきます。これは利用される保護者の方々にとっても大問題です。
 
公私格差是正制度の見直しに賛成した一部の社会福祉施設の経営者、サービス推進費の見直しに賛成した東社協の担当者、それに何もしない民間保育所の経営者の責任は本当に重いと思います。
 
規制緩和で最低基準も更に下げられようとしています。こうしたポリシーの無い施策が展開される虚しさに、保育現場は本当に心を痛めておりますが、頑張ることをいつまで続けることができるかわかりません。その頑張りをやめた時、ダムが決壊するように、保育園から始まった崩壊が社会を壊していくのでしょう。
 
更に問題は働き方です。「検証 少年犯罪」の第3章には労働政策分野として、男女雇用機会均等法から、最近までの労働法関係の改正のあらましが記述されているのですが、これを読んで愕然としました。
 
その流れを見ると、ずっと前に全ての筋書きは決まっており、その通りに進んでいるということが良く解ります。ヨーロッパでは市民の立場に立ち、働き方を見直しているのにと愚痴らしき言い方になってしまいます。日本の政策はどうして日本人のために作られないのでしょうか。「人間を不幸にする日本というシステム」という本の題名がまた蘇ってきてしまいました。
 
日本と見事な対比を示すのがEUの取組です。これについては共励保育園のホームページに明星大学教授・岩上真珠さんのリポート「EUの子育て支援政策・子どものニーズをめぐる親と社会の責任」がありますのでご一読下さい。
 
ひょんなことから国立人口政策研究所の第7回厚生施策セミナー「こども、家族、社会」(少子社会の政策選択)の記録を手にしました。そこで報告されているヨーロッパ各国の少子化への取組は、1.育児休業の完全実施、2.労働時間の短縮、3.家族手当の充実、4.保育施策等の充実の4本柱からなり、基本的には私たち生活福祉分科会が市長に提出した保育施策と同じラインにあるものでした。基本的な考え方が同じであるということは大きな勇気を与えてくれました。
 
この論考の最後にそのセミナーで重要な役割を演じた南デンマーク大学人口研究センターのクヌズセン助教授の言葉を贈ります。
 
『家族を持っている人たちがみな楽しく、配偶者との絆を保ちながら、素晴らしい子供を持って幸せだ、そして自分がやりたいこともやる時間を持つことができる社会の実現を目指したい』
 
人々にとって望ましいビジョンを立て、それを実現していくために具体的な努力を重ねていく姿勢が日本の政治家や行政担当者に欲しいのです。己の保身や目先のことばかりを考え、視野の狭い対症療法で逃れようとする日本の保育施策。悪循環を生んでしまうような施策は卒業したいものです。
 
おわり